森の石松
森の石松といえば、「すし食いねぇ、酒飲みねえ」のセリフが有名ですね。森というのは遠州は森町のこと、石松が本当の名前のようですね。森町の出身ということで、「森の石松」というそうです。森町は、静岡県の周智郡になります。お茶は次郎柿などが名産で、風光明媚な土地です。
森の石松は、任侠(にんきょう)の人でした。清水次郎長の子分で、清水次郎長親分の代参で金比羅へ参拝へ行った帰りに貸し金のことで斬り殺されて一生の幕を閉じます。
伝記を読むと型破りな性格のようでした。大胆で腕力もあり、天真爛漫で単純かつ情に厚い。なんだか、ありがちな性格にも思われますが、とてもドラマになる生き様と気質ともいえます。
森の石松の墓
森町の大洞院(だいどういん)というお寺の前に、森の石松のお墓があります。立派に供養されています。森の石松の墓の一部を持っていると「勝負運がよくなる」とのことから、墓石が削り取られることが相次いでいるようです。ですので、ギャンブルや宝くじを目当てに、森の石松のお墓参りに来られる方も少なくないようです。
森の石松、本当にユニークな人です。三国志の張飛を連想しましたが、張飛もそうですが、強くて優しく分かりやすい性格の人間は、どうしても語りぐさになりやすいものなのでしょうか。森の石松もそういった愛される面を持っていたのでしょう。
パチスロ「ガッツだ!森の石松」
森の石松の墓がギャンブル運アップによいということからか、ギャンブルとの関連性もあって、最近ではパチスロの名前でも使用されています。パチスロ「ガッツだ!森の石松」という名前で、ガッツ石松さんのキャラクターがほどこされたパチスロです。森の石松はキャラクターとして定着していることをうかがわせます。パチスロ「ガッツだ!森の石松」の攻略法もあるようですが、なにかと人気の森の石松です。
森の石松の生涯
森の石松は幼少の頃から腕白で型破りな人間であったことが言われています。14才頃に、東海一の金融業の・清水次郎長の子分となり、森の石松は一番弟子といいますか一番の子分になったようです。
「寿司食いねえ、酒飲みねえ」の言葉の通り、酒が好きで、また喧嘩も好きな生粋の任侠的な気質でもあったようです。喧嘩っ早いため、いくつものいざこざや恨みも買っていたと推察されます。
森の石松は、30才頃に、清水次郎長の代わりに、金比羅へ参拝に行きます。いわゆる金比羅代参というものです。この金比羅代参では、お供も数名引き連れて参拝したようです。遠州中郡のばくち打ち・都鳥三兄弟の梅吉、旅芸人のおその。こうしたお供を連れての金比羅代参だったようです。
しかし帰りの途中、森の石松は貸した金がトラブって、梅吉の兄貴や吉兵衛、常吉といった面々から命を狙われる羽目に会います。罠にはめられたともいいますが、このときに惨殺させられたようです。
森の石松と芝居・ドラマ・映画
森の石松の劇的な生き様は、芝居やドラマにもなりやすい素地があるためでしょうか、今までもいつくもの芝居・映画・ドラマとして演じられ続けています。また歌の歌詞にもなっています。最近では、市川右近、中村獅童といった役者による森の石松も演じられています。
過去のドラマ
「勢揃い清水一家 次郎長売り出す」(1992年、日本テレビ):松方弘樹
「次郎長三国志」(1995年、NHK)
「次郎長三国志」(1998年、テレビ朝日)
「次郎長三国志」(2000年、テレビ東京):的場浩司
「次郎長 背負い富士」(2006年、NHK):山本太郎
過去の映画
「ジェリーの森の石松」(1963年、東映):ジェリー藤尾
「次郎長三国志」(1963年、東映):長門裕之
「次郎長三国志 甲州路殴り込み」(1965年、東映):長門裕之
「次郎長青春篇 つっぱり清水港」(1982年、松竹):島田紳助
森の石松と寿司
名古屋に近い愛知県大府市に「森の石松 回転寿司」があります。静岡県森町にあれば、土地柄ふさわしいように思ったのですが、森の石松の名セリフの「すし食いねぇ、酒飲みねえ」をうまく利用した回転寿司が大府にあるのは、森町としては、ちょっと先を越された感がありましょうか。
大府の「森の石松 回転寿司」よりも森町の方が、ピッタリといった感じだと思います。遠州森町にも「森の石松 回転寿司」ができるといいですね。
森の石松の人間性〜虚と実
快男児と言われる森の石松。そういう人間性故か、愛され語り継がれて、芝居でも演じられて現代に至っています。森の石松は子供が大好きで、子供をとても可愛がっていたといいます。実に不思議な人でもあります。威張る人、偽善に対しては刃向かい、許さなかったといいます。この分かりやすい性格が、快男児とも言われているのかもしれません。
しかし森の石松が実在したかも言われていますが、彼の実像は若干、脚色がかかっている感じもいたします。また森の石松にもしも知恵が豊かで思考も緻密であったなら、本当の偉人になれた気がします。彼なりの正義心があったと思われ、独断と偏見性があったでしょうが、しかし、弱い者を守ろうとする一面があったことは事実でしょうし、それ故に分かりやすい性格と相まって話題にもなりやすかったのでしょう。
現代で、森の石松のようなタイプが出現するならば、おおむね問題児になるでしょう。新聞やテレビ、マスコミに取り上げられて、散々叩かれたりして、葬られてしまうことにもなりかねません。現代では、森の石松のような人間は育ちにくい環境になっているように思います。
しかし、複雑で価値観も多様化した変代社会においては、バランス感覚のある人間や知恵や分別の発達した人が多くなるほうが生きやすくもあり、健全な社会にもなりやすいと思います。ある意味、幕末という時代であったからこそ、森の石松のような人間が育ったのかもしれません。
一人の人間として見た場合、虚飾と事実もおそらくあるでしょうが、森の石松はとてもユニークな存在です。人間洞察、生き方を学ぶ上で森の石松という一人の人間はたいへん興味深い人物です。
森の石松の墓、大洞院までの交通案内
森の石松の墓、大洞院
・東名高速道路・袋井ICから約30分くらい
・JR新幹線「掛川駅」より50分くらい
・駐車場あり
・宿泊は袋井方面が便利になります。